佐久間トーボが書く「蝶つがい」
私は工場長だ。
蝶つがいを専門に作っている業者の孫請けの孫請け。
若い時は、頻繁にこんなモノを作って何になるのか、と考える事があった。
でも、今はもうそれもない。
私はこの仕事で娘も息子も大学にやり、今は妻と二人細々とではあるが生活している。
華やかな生活や仕事が羨ましく思う事も、無い事は無い。
でも、これが俺の人生なのだと思う事にしていた。
不渡りは突然だった。
直接の繋がりが無いのに、大きな仕事を請けた俺がどうかしていた。
いや、心のどこかに破滅願望があったのかもしれない。
それが判断を鈍らせたのだろう。
私はダンボールいっぱいにつまった蝶つがいを見つめていた。
今すぐ家族全員が首をつらなければいけない状況ではない。
それは分かっているのだが、これから死ぬまでの10年、20年を思うと陰鬱でならない。
そして私はただただ蝶つがいを見つめていた。
妻が彼の首吊りを発見したのは翌朝だった。
その頃には家中の物が全て彼の手で、蝶つがいによって開きやすい形になっていた。
妻と子供は彼の気持ちを汲んで、棺桶の蓋を蝶つがいにしようとしたが、葬儀屋に「それはちょっと」と言われて断念せざるをえなかった。


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